年をとると、人の体にはいろいろな変化が起きます。 顔にしわやしみが増える、耳が遠くなる、足腰が衰える、もの忘れがひどくな る……。
できれば避けたい、いつまでも若いままでいたい、と思っている方も多いこと でしょう。そうした人たち向けに、アンチエイジングというものがさかんに行わ れています。
でも、老年医学に長く携わってきた医師として、今のアンチエイジングには首 をかしげたくなることもたくさんあります。老いの本質を間違ってとらえている のではないかと思われるからです。
いっぽうで、人の脳や体にはまだまだ不思議なことがいっぱいです。老いにつ いても、これまでの常識を覆す新しい事実も次々と明らかになっています。それ は、予防や治療を大きく変えるだけでなく、老いというものに対する考え方、生 き方を見つめなおすきっかけにもなるものです。
人はみな、確実に年をとっていくものです。老いにどう接していくかは、高齢 化社会の難題ともいえます。
この問題に対して、米国では「アンチエイジング」という考え方がもてはやさ れ、21世紀に入ると急速に台頭してきました。
「アンチ」には、「反対する」とか「逆らう」といった意味があります。「エイジ ング」は年をとることですから、アンチエイジングは「老いに逆らう」という意 味になります。日本語でも年をとることに抗うという意味の「抗加齢」といった、 それに対応する言葉があります。
アンチエイジングは、老化現象を悪だと決めつけ、なんとか逆らおうとする考 え方であり、「いつまでも若々しくいたい」と願う中高年や高齢の方々の心理を 巧みにとらえました。
若々しくいたいのは、誰もがもつ白然な願いだと思います。しかし、それが行 き過ぎるとどうなるでしょうか。
例えば、「顔のしわを消したい」 という方に、アンチエイジングと称して、ホ ルモンなどを注射する方法が用意されています。「アンチエイジングでしわを解 消」といった宣伝文句は、いたるところで見られますが、その裏側に潜む危険 性についての情報は圧倒的に不足しています。危険を冒してまで、そうしたアン チエイジングに踏み込んでしまうのです。
しかし、しわをその方の年齢にふさわしい魅力の一つと受け入れることもでき るのではないでしょうか。
アンチエイジング がもてはやされている社会では、「その人が社会に役立つか どうか」「少々無理をしてでも決められた時間でより多くの仕事を効率よくこな せるかどうか」といった基準が強調されているように思えてなりません。
不老長寿があたかもほんとうに実現できるかのような、いかがわしい宣伝すら 見かけます。米国にかぎらず日本でも、化粧品、薬品、栄養食品などの業界、そ して医療機関までもが、アンチエイジングを有望な市場としてとらえ、続々と参 入しています。
加齢とともに私たちのからだに起きるさまざまな変化は、よくないものと考え られがちです。しかし、本当にそうでしょうか。
「年の功」という言葉もあります。この本の中でも詳しく触れますが、20歳代の 若者に比べて、お年寄りのほうがはるかに優っている能力はいくらでもあります。
私は、老年医学の研究者として、病院などの現場で長年、さまざまな方に接し てきました。その中で、「老いることにも、光を当てるぺきよい部分があるので はないか」と考えるようになってきました。
どんな老化現象にもそっと寄り添い、生活上の不自由をなるべく生じないよう 知恵を絞る。たとえ認知症や寝たきりになっても、排泄や食事がなるべく自然に 近い状態でできるように配慮することで、その入らしさを保つ工夫をする。死の 際に、額のしわに、言葉にならないその方の人生を実感する。そうした老いを、 価値あるものとして、学間的に取り扱っていきたいと思っています。
日本は世界一の長寿国です。介護保険や国民情保険などの誇るべき制度もあり ます。制度面だけではありません。謙譲の美徳や協調の精神は、いまも日本人の 大いなる長所でもあります。
こうした日本の特徴を考えるとき、老いをただ忌み嫌うぺきものとして捉える のでなく、マイナスの面もプラスの面も含めて、もっと大きな見方で理解する方 法もあるのではないでしょうか。
こうした願いを込めて、老いと素直に向き合う生き方を、「ウィズ・エイジン グ」という言葉にしました。「ウィズ」は「ともに」「いっしょに」といった意味 の言葉です。老化現象をむやみに嫌ったり落胆したりせず、かといって目を背け もしない考え方です。
その人なりの老いを個性と見なすウィズーエイジングを、アンチエイジングと 対極の考え方として、成熟した高齢化社会の糧に育てていきたいと思っています。
ここでは、みなさんに老いという現象をあらためてご理解いただき、アンチエ イジングには知られざる危険な側面もあることをご承知いただき、そして、老い ることのプラスの部分を発見していただくためのものです。これらの目的のため、 本編は、「『老い』の正体がわかってきた!」、「アンチエイジング は、ここがおかしい」、「『年の功』を見つめなおす」という三つの章で構 成しています。
ここをきっかけに、老いとは何かをご理解いただき、アンチエイジングとは異 なる、真の意味での豊かな人生について、考えるためのご参考にしていただけれ ば嬉しく思います。
認知症は老化の代表的な症状で、「脳や身体の疾患を原因として、記憶・判断力などの障害がおこり、普通の社会生活かおくれなくなった状態」のことをいいます。
めまい、息切れ、転倒、骨折といった急性の疾患、認知症、視力低下、腰痛、呼吸困難といった。慢性の疾患ぺそれに日常生活の活動度の低下、骨粗鬆症、尿失禁といった介護が必要となる疾患に分類しています
100歳まで生きる方々は、長寿に不利に働く遺伝子をもっている場合が多いというのです